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<title>つぼ万オーナーのつれづれ日記</title>
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<description>つぼ万オーナーが綴る、日々の出来事</description>
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<title>抹茶茶碗というものは</title>
<description> 　孫とお茶の練習をするようになって１ヶ月。栗きんとんをはじめ秋を彩るお菓子も今日はどんなお菓子か孫たちにとっては楽しみの１つのようです。割り稽古など基礎的なことはさておき、とにかくお茶の楽しさを満喫しているようです。互に亭主と正客になり、しばしお菓子に見とれつつ、美しいものを口にするのをためらう姿に、なぜかほっとします。お茶碗も私が始めて作った楽や、父が愛用していた旅持ちや生徒さんがマンションの工
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<![CDATA[ 　孫とお茶の練習をするようになって１ヶ月。栗きんとんをはじめ秋を彩るお菓子も今日はどんなお菓子か孫たちにとっては楽しみの１つのようです。割り稽古など基礎的なことはさておき、とにかくお茶の楽しさを満喫しているようです。互に亭主と正客になり、しばしお菓子に見とれつつ、美しいものを口にするのをためらう姿に、なぜかほっとします。お茶碗も私が始めて作った楽や、父が愛用していた旅持ちや生徒さんがマンションの工事現場の土で作られた赤志野などその日の気分で選び、１つ１つの茶碗の持つ特徴やエピソード、歴史を話します。軽いとかたてやすいとか、いいながら、でも小さな手にはなじまないようです。備前の無形文化財藤原建先生の初七日に使用されたおおぶりの筒茶碗は、もてあましぎみです。これは、わたしの愛用の１碗で、手に入れた時のいきさつや、使い込んだ滑らかさとつややかさを説明すると、つるつるだといって、なぜています。今１つ楽しみにしていることが、あります。それは、あまり使わないようにしていた備前の火だすき茶碗、伊勢崎淳先生が人間国宝になられた時にいただいたものですが、それが今後どのように変化し育っていくか、孫たちと楽しんでいこうと思っています。その育てる過程は、わたしがいなくなったあとにも茶碗の歴史となって、孫たちの思い出の中に生き続けるでしょう。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　茶碗というものが、生きてきた時の重みを内包した不思議な存在物だということ、それゆえに１碗の存在が１服のお手前を通して一期一会の利休の茶道精神を生み、それが日本文化の形成の一翼を担ったことを、いつの日かくみとってくれたらと、思ったりしています。<br />　今日は、１１月半ばの寒さとか、それでも１碗のために寒さの中を、店まで出かけてくる孫たち。<br />今日のお菓子は紅葉したかえでのねりきり、茶碗は美濃の酒井甲武先生の志野茶碗。<br />　　　　<br />　　　　その道に入らんと思う心こそ<br />　　　　　　わが身ながらの　師匠なりけれ<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　利　休 ]]>
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<dc:subject>日本の文化</dc:subject>
<dc:date>2009-11-03T19:25:49+09:00</dc:date>
<dc:creator>陶芸くらぶ　つぼ万オーナー</dc:creator>
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<title>読まれなかった山頭火</title>
<description> 　発表会が終了した２３日夜、宮本輝の「生きものたちの部屋」を読み始めました。作家宮本輝の創作の秘密（書斎）を覗くエッセイで「本を積んだ舟」の系統です。「本を積んだ舟」より軽く読めるのですが、「エーゲ海の壷」の章で読み止まっています。友人からもらった高名な陶芸作家の抹茶々碗が１００万円もすると知っても灰皿として使って始めて生きると信じ、同じもらったものでもチエンマイの素焼きの壷には品があり、のどかで
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<![CDATA[ 　発表会が終了した２３日夜、宮本輝の「生きものたちの部屋」を読み始めました。作家宮本輝の創作の秘密（書斎）を覗くエッセイで「本を積んだ舟」の系統です。「本を積んだ舟」より軽く読めるのですが、「エーゲ海の壷」の章で読み止まっています。友人からもらった高名な陶芸作家の抹茶々碗が１００万円もすると知っても灰皿として使って始めて生きると信じ、同じもらったものでもチエンマイの素焼きの壷には品があり、のどかで豊かなおおらかさを感じ、書けない時に膝に乗せて手触りを楽しめる、という宮本輝。そして次のような記述に繋がっています。<br />　・・・ピカソは８歳の時どんな大人より上手に絵が描けた。だが、子供のような絵を描くために一生かかった・・・ところで、小説は子供のように書けるのだろうか<br />そして続きます。三好達治の<br />　　太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ<br />　　次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ<br />の前で茫然となり、山頭火の<br />　　うしろすがたのしぐれてゆくか<br />の前でうなだれてしまう。<br />　ここでわたくしは、読み止まっているのです。というのは、今回の発表会でご来場者の皆様に引いて頂くクジを、折り紙で折った「ふくらすずめ」にして、羽の裏に山頭火の句の書いたものを当たりクジにしたのです。昨年は百人一首の上の句に下の句を探していただいたのですが、今回は短くて味わいがあり、場が盛り上がると思い、山頭火を選んだのです。しかし、教室の皆さんの反響はかんばしくありませんでした。<br />まず、山頭火を知らない人に作者の説明をしなくてはならない、次いで厄介なのは当たったくじの句の内容の説明を求められた時、どうするか、ということでした。<br />　　うしろすがたのしぐれてゆくか<br />　　雨ふるふるさとははだしで歩く<br />　　落ち着いて死ねそうな草枯るる<br />　　空へ若竹のなやみなし<br />　　どうしようもないわたしが歩いている<br />　　笠にトンボ止まらせて歩く<br />　　うれしいこともかなしいことも草しげる<br />　　笠へぽつとり椿だった<br />山頭火の人生、足跡を知ればこそ理解できる、味のある命のほとばしりです。宮本輝がうなだれたのは推敲の余地もない刹那の叫びの、命と言葉の共鳴ではないでしょうか。この素朴な言葉の説明なんてできるわけがない。展示された陶芸作品を見ていただく前に、受付でクジに当たった時点で混乱するのでは・・・という危惧を指摘された時には、すでに手分けをしてクジの作成が進んでいたのです。わたしは、１晩で山頭火を読み直し、混乱するなら思い切り盛り上げようと腹をくくったのでした。<br />さて、みなさま、どんな結果になったと思われますか？　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　・・・・混乱なし・・・・　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　山頭火の句はほとんど、いや全く話題にもなりませんでした。ほっとするやら、でもあの生き方を少しは話題にしてほしかったと、一抹の寂しさも感じていた折、「生きものたちの部屋」で山頭火の記述に出会ったわけです。個人的には山頭火を読みなおして感じた、定型にとらわれない俳句の「すごさ」をまだひきずっているので、山頭火の前にうなだれるという宮本輝の言葉が重くのしかかり、もう一度山頭火の句を読み直さないと「生きものたちの部屋」を読み進められません。<br />　たまたま読み始めた本で再び山頭火に出会い、また読み直す気になって、山頭火で少しは盛り上げたかったと、かすかな虫の声をききながら思っています。<br /><br />　　秋風の石をひろう<br />　　踏み分ける萩よススキよ<br />　　酔うてこうろぎと寝ていたよ<br /><br />　　　　　　　　　　　　　　　山頭火<br /> ]]>
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<dc:subject>日本の文化</dc:subject>
<dc:date>2009-09-24T22:40:35+09:00</dc:date>
<dc:creator>陶芸くらぶ　つぼ万オーナー</dc:creator>
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<title>マーク　ロスコの無形スタイル</title>
<description> 　「黒」という色に特別な意識を持ったのはここ数年で、ブティクで　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「いつも黒いものになるわね」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　と言われて洋服に黒が多いのに気がついてからです。しかし、実際は「黒い色」に対してトラウマを抱えて居たことも事実でした。中学生の頃、「黒」をバックにした兄の絵を模倣したところ、チューブ
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<![CDATA[ 　「黒」という色に特別な意識を持ったのはここ数年で、ブティクで　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「いつも黒いものになるわね」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　と言われて洋服に黒が多いのに気がついてからです。しかし、実際は「黒い色」に対してトラウマを抱えて居たことも事実でした。中学生の頃、「黒」をバックにした兄の絵を模倣したところ、チューブから出したまま塗った私の画の「黒」のあまりのみすぼらしさに愕然としました。その時「黒」があらゆる色を内包した深い世界を持つ色だということを知りました。以来「黒」に対する恐れとこだわりを抱えるようになりました。そして、いつ結婚するかもしれない私の結婚準備に母が最初に作ったのが・・喪服・・でした。縁起の悪い喪服から始めることはないのにと、顔をしかめる私に、母親は娘に伝える言葉のように言ったのです。<br />「喪服というものは流行や年齢に関係ないから、早く作ってもかまわない。一人前になったら突然いるかもしれないし、留袖と喪服は実家の（紋）のついたものを、用意するのが親の義務というもの」<br />　そして留めの一言が続きました。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「黒い喪服は皆が同じ物を着るので染めの良し悪しが一目でわかるもの。その家のこだわりが出る色でもある」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　と。深みのある黒は高貴で気品をたたえますが、逆に浅い黒は下品で浅薄なイメージさえ与えます。陶器の黒い釉薬も艶の度合いや色の深みによりさまざまで作品の品格を左右します。　　　　　　　今日ＮHKの日曜美術館で、マーク　ロスコが取り上げられました。彼はユダヤ人でニューヨークを拠点に活躍したシュールレアリズム作家ですが、晩年に近ずき線も形も取り払った色のみの「ロスコ　スタイル」と呼ばれる世界を築きました。自ら命を絶ったのですが、最後に彼がたどり着いたのが、「黒」の世界だったのです。　・・・画面　黒一色・・・<br />「この絵の前に立つと自我がなくなる」<br />　と羹尚中さん<br />「意味を持つ世界から自由になる」<br />　と高村薫さん<br />　死の決断の前に「黒の世界」にたどり着いたロスコの境地が納得できるような気がします。<br />　たまたま私は「黒い土」を作りながら、日曜美術館を見たのであります。 ]]>
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<dc:subject>未分類</dc:subject>
<dc:date>2009-07-19T12:11:50+09:00</dc:date>
<dc:creator>陶芸くらぶ　つぼ万オーナー</dc:creator>
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<title>高橋真梨子を聞きながら</title>
<description> 　雨に濡れて帰る。心は乾いていた。長い時間かさつきを抱えながら、仕事をする。　　　　　　　　　　　　夜１１時。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　高橋真梨子の歌声が流れてきた。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　沢田研二や加山雄三、玉置浩二など他人の持ち歌を歌っていた。聞き入ってしまう
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<![CDATA[ 　雨に濡れて帰る。心は乾いていた。長い時間かさつきを抱えながら、仕事をする。　　　　　　　　　　　　夜１１時。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　高橋真梨子の歌声が流れてきた。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　沢田研二や加山雄三、玉置浩二など他人の持ち歌を歌っていた。聞き入ってしまう。初めて聞くような新鮮な歌だった。高橋真梨子という大人の女性の感性。彼女の心を通した新たな歌に、乾いた気持ちが溶けていった。他人の持ち歌をここまで新鮮に自分のものにして　歌い上げてしまえる歌手。　今まで気に留めたこともなかった高橋真梨子さん。一度コンサートへ行ってみたい。<br /><br />　追記　６月１３日<br />6月１２日の中日朝刊に・・・「高橋真梨子コンサート」９/２６ ・２７愛知県芸術劇場」・・・の広告発見。スケジュール、駄目、残念・・・<br /><br /><br /> ]]>
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<dc:subject>未分類</dc:subject>
<dc:date>2009-06-10T23:58:38+09:00</dc:date>
<dc:creator>陶芸くらぶ　つぼ万オーナー</dc:creator>
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<title>こどもの日に</title>
<description> 　小学生の孫は５月３日・４日が何の日かは知らないが、５日がこどもの日であることだけは知っている。１７１４万人とは少子化の進んできた日本の子供の人数。皆でもっと祝わなくてはいけないのかもしれないが、プレゼントを買い、五月人形を飾ってちまきを食べて、あとはゴールデンウイークとして謳歌することで終わり。　今日５月５日、美術品オークションに初めて同行した息子に、蒔絵や沈金の棗やお椀に手を出す私に「塗り物が
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<![CDATA[ 　小学生の孫は５月３日・４日が何の日かは知らないが、５日がこどもの日であることだけは知っている。１７１４万人とは少子化の進んできた日本の子供の人数。皆でもっと祝わなくてはいけないのかもしれないが、プレゼントを買い、五月人形を飾ってちまきを食べて、あとはゴールデンウイークとして謳歌することで終わり。<br />　今日５月５日、美術品オークションに初めて同行した息子に、蒔絵や沈金の棗やお椀に手を出す私に<br />「塗り物が好きだな」<br />　と言われ、心に沈んでいたものにふと気ずいた。子供の頃、誕生日や節句などには、我が家では必ずお赤飯を作り、器も客用が出された。そのちゃぶ台の彩りの中にある輪島塗りの漆黒のお椀が、息子の一言で蘇った。父が愛用していた漆の棗も懐かしい。無意識のうちに常日頃使う機会のない、そうしたものに心惹かれるのは、母にいたわりながら使うことを教わった、幼い日の記憶のなせるわざか？<br />　棗は値がつくが、お椀は安い。今は沈金や蒔絵のお椀などは使わなくなったからだろう。日本の伝統工芸を守るためにこうしたものを使って、子供たちに伝えるのも少子化を憂う以前に大切なことだと思うのだが・・・<br />　記憶をたどると　子供目線で見ていたものは、日本の内包する文化の原点の日常化だったような気がする。<br />　人口の減少に平行して減ってきた子供の人数・１７１４万人・新聞に・・・イナイヨ・・・とルビあり。 ]]>
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<dc:subject>日本の文化</dc:subject>
<dc:date>2009-05-05T20:13:39+09:00</dc:date>
<dc:creator>陶芸くらぶ　つぼ万オーナー</dc:creator>
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